型破り
勘三郎さんのお通夜に700人の人が訪れたという。
私は遠くから手を合わせた。
ごひいきさんでもなんでもないけど
やっぱり残念で、残念で仕方がない。
もっともっと観たかった。
勘三郎さんの云々は、歌舞伎に詳しいみなさまや、
ごひいきさん、親しい方々にお任せするとして……
追悼番組で流れが昔のインタビューで勘三郎さんが
「子ども相談室の無着先生が言ってたんだ」と言い始めたのが
型があるから型を破れるんだ。
型がないのはただの形なし。
これを聞いてピンと来た。
これはもう自分の座右の銘だ。
という主旨のことをおっしゃっていた。
子ども相談室が出所とは知らなかった!
だいたい、そんなことを相談した子どもは一体……何ものなんだ!?
ま、いいや。
子ども相談室だとも知らず、
勘三郎さんの座右の銘とも知らず、
お習字を習っている時に先生から
「楷書も、行書も、草書もよくお勉強をしてから文字を崩しなさい」
と、習ったことがあって、なんとなく耳に残っていた。
私の先生は、
エアコンの「霧ヶ峰」のロゴになっている筆文字や
映画の「敦煌」という題字を書いたりした
飯島春慶先生の愛弟子で、得意とするのは「新書藝」というジャンル。
つまり、楷書でも行書でも草書でもなく、
文字は崩し字で、絵のように(?)それ自体が芸術といった類いの文字の、
その世界の第一人者の先生だった。
当時、やたら「あいだみつを」さんの文字を真似たような
自己流の筆文字が流行りはじめていて、
先生の文字を見慣れている私たちにはもの凄く違和感があった。
(今も居酒屋の看板などで気持ちが悪いのがいくつもある)
「形なし」だったから。
先生の文字は型破りで、もの凄い世界観を持っていた。
まさに、これまでにない世界を作り上げる……
まさに「型破り」な先生だった。
楷書も、行書も、草書も天下一品。
特に私は先生の行書が大好きだった。
そしてその先生が書く、新しい文字は本当に魅力的だった。
こんどはどんな作品だろう………
勘三郎さんの、特にコクーンなどを観に行くときの感覚に似ている。
体育会のテニス部だった私はコーチから
基礎を徹底的に練習させられた。
練習の時に出来ないことが試合で突然出来る訳がない。
試合の時はどんなに頑張ったって練習の8割程度の力しか出せない。
練習で手を抜いたことを試合の後で後悔するなら死ぬ気で練習しろ。
飼っても負けても悔いがないと思える所まで練習をしろ。
基礎体力がないのに技術が身に付く訳がない。
まぁ、いわれたことは山ほどある。
ちなみにそのコーチは私の夫だ。
鬼のように恐かった。
さらにちなみに、
今は私が鬼のように恐い妻である。
ま、いいや。
基礎工事をきちんとしていないのに、高層ビルを建てようと思っても
途中で崩れてしまう。
高く高く積み上げようと思ったら、基礎をしっかり作ることだ。
勘三郎さんは、基礎がしっかりしていて型があり、
その上で次々にソレを破って客を喜ばせてくれた。
商売も、奇をてらって不慣れなことや妙なことばかりするよりも、
まずは、基本をしっかりやる。
その上で、型破りな商売が出来たらきっとオンリーワンになれるんだろうな。
私は遠くから手を合わせた。
ごひいきさんでもなんでもないけど
やっぱり残念で、残念で仕方がない。
もっともっと観たかった。
勘三郎さんの云々は、歌舞伎に詳しいみなさまや、
ごひいきさん、親しい方々にお任せするとして……
追悼番組で流れが昔のインタビューで勘三郎さんが
「子ども相談室の無着先生が言ってたんだ」と言い始めたのが
型があるから型を破れるんだ。
型がないのはただの形なし。
これを聞いてピンと来た。
これはもう自分の座右の銘だ。
という主旨のことをおっしゃっていた。
子ども相談室が出所とは知らなかった!
だいたい、そんなことを相談した子どもは一体……何ものなんだ!?
ま、いいや。
子ども相談室だとも知らず、
勘三郎さんの座右の銘とも知らず、
お習字を習っている時に先生から
「楷書も、行書も、草書もよくお勉強をしてから文字を崩しなさい」
と、習ったことがあって、なんとなく耳に残っていた。
私の先生は、
エアコンの「霧ヶ峰」のロゴになっている筆文字や
映画の「敦煌」という題字を書いたりした
飯島春慶先生の愛弟子で、得意とするのは「新書藝」というジャンル。
つまり、楷書でも行書でも草書でもなく、
文字は崩し字で、絵のように(?)それ自体が芸術といった類いの文字の、
その世界の第一人者の先生だった。
当時、やたら「あいだみつを」さんの文字を真似たような
自己流の筆文字が流行りはじめていて、
先生の文字を見慣れている私たちにはもの凄く違和感があった。
(今も居酒屋の看板などで気持ちが悪いのがいくつもある)
「形なし」だったから。
先生の文字は型破りで、もの凄い世界観を持っていた。
まさに、これまでにない世界を作り上げる……
まさに「型破り」な先生だった。
楷書も、行書も、草書も天下一品。
特に私は先生の行書が大好きだった。
そしてその先生が書く、新しい文字は本当に魅力的だった。
こんどはどんな作品だろう………
勘三郎さんの、特にコクーンなどを観に行くときの感覚に似ている。
体育会のテニス部だった私はコーチから
基礎を徹底的に練習させられた。
練習の時に出来ないことが試合で突然出来る訳がない。
試合の時はどんなに頑張ったって練習の8割程度の力しか出せない。
練習で手を抜いたことを試合の後で後悔するなら死ぬ気で練習しろ。
飼っても負けても悔いがないと思える所まで練習をしろ。
基礎体力がないのに技術が身に付く訳がない。
まぁ、いわれたことは山ほどある。
ちなみにそのコーチは私の夫だ。
鬼のように恐かった。
さらにちなみに、
今は私が鬼のように恐い妻である。
ま、いいや。
基礎工事をきちんとしていないのに、高層ビルを建てようと思っても
途中で崩れてしまう。
高く高く積み上げようと思ったら、基礎をしっかり作ることだ。
勘三郎さんは、基礎がしっかりしていて型があり、
その上で次々にソレを破って客を喜ばせてくれた。
商売も、奇をてらって不慣れなことや妙なことばかりするよりも、
まずは、基本をしっかりやる。
その上で、型破りな商売が出来たらきっとオンリーワンになれるんだろうな。
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